平将門首塚の祟り伝説

                       

東京駅に近く皇居の間近に位置するため周辺にはオフィスビルが林立している。千代田区大手町1-1 の地下鉄大手町駅C5出入口から40m位の距離の日本のビジネス街の中心にミステリースポットがある。それは平将門の首塚。NHK その時歴史が動いた、平将門

                     

中世から将門塚の周辺で天変地異が頻繁に起こることがあり、これを将門の祟りと恐れた。
第二次大戦後になっても、政府庁舎建設や占領軍の駐車場造設のため首塚で工事を行おうとするとブルトーザーが横転したり不審死者が出たりしたため千年たった今でも恐れられている。この一角だけはそれほど広い敷地ではないにもかかわらず鬱蒼とした木が茂り、現在でも、一種異様な雰囲気を醸し出している。首塚の境内には所狭しと多数の蛙の置物が奉納されている。将門の首が京から飛んで「帰った」ことから、必ず「帰る=カエル」にひっかけ、伝承で次の二つの利益があるとされている。

(1)左遷になった会社員が、元の会社に無事に戻ってこられるように、蛙を供える。
(2)誘拐されたり、行方不明になった子供が無事帰ってこられるように、蛙を供える。





そして、線香の匂いが絶えることがなく物静かで、そこに表通りの車の音がする場所である。明治維新後は、将門は朝廷に戈を向けた朝敵であることが再び問題視され、逆賊として扱われた。第二次世界大戦終結後は、朝廷の横暴な支配に敢然と立ち向かい、新皇に即位して新たな時代を切り開いた英雄として扱われることが多くなった。そして、昭和51年(1976年)には将門を主人公としたNHK大河ドラマ『風と雲と虹と』が放映されるに及んで、将門の祭神復帰への機運が高まり、ついに昭和59年(1984年)になって、平将門神は再度、神田明神に合祀されている。

            

このように将門の評価は、古代の朝敵から、中世の崇敬対象へ、さらに明治時代の逆賊視、ついで戦後の英雄化と激しく揺れ動いた。最近ではより学術的な面からの研究が期待されている。
現在は近隣の企業が参加した「史蹟将門塚保存会」が設立され、聖域として守られている。

この地はかつて武蔵国豊嶋郡芝崎村であった。
住民は長らく将門の怨霊に苦しめられてきたという。
築土神社(築土神社移転図)神田明神同様に、古くから江戸の地における平将門記の霊地として、尊崇と畏怖とが入り混じった崇敬を受け続けてきた。

この地に対して不敬な行為に及べば祟りがあるという伝承が出来たのも頷けるものがある。

合掌


   平将門の乱        福田豊彦著   岩波書店       ¥ 740
   武士の成長と院政   下向井龍彦著  講談社学術文庫  ¥1.200
   合戦の文化史      二木健一著   講談社学術文庫  ¥ 960
   平城京の家族たち   三浦佑之著   角川文庫       ¥ 857
   日本とは何か      網野善彦著    講談社学術文庫   ¥1.150
   史跡 将門塚の記   遠藤達蔵編集発行人 将門塚保存会